笹原シュン☆これ今、旬!!

日本で、世界で、今まさに旬のトピックスをお届けします。政治、経済、文化、世界情勢など、噛み砕いてわかりやすく解説していければと考えています。同時に、日本の在り方、進むべき道についても、示していければと思っております。

北朝鮮の真実5 北朝鮮は第2の日本!? 北朝鮮国民に与えられた優遇措置とは。

北朝鮮との非公式の交流

 というわけで、北朝鮮は日本によって建国され、日本人の指導者を持つ、第2の日本とでもいうべき存在となったわけです。

 

 しかし、日本は長らくアメリカの占領下に置かれ、独立後も、米軍基地が国内に残っており、事実上アメリカとCIA の監視下に置かれていました。

 

 アメリカの方針に合わせ、日本政府は北朝鮮に建国された、朝鮮民主主義人民共和国を国家として承認せず、正式な国交のない状態となりました。

 

 北朝鮮に対しては、パスポートを持って、ビザを発行してもらい、正式な入国手続きを経て入国する、という通常の手続きが使えないわけです。

 

 また、国家として正式に貿易することもできません。

 

 北朝鮮は、ディープステートメンバーの入国を拒否し続けましたので、DSからにらまれ、世界中の国から、承認を受けることができず、正式な出入国も貿易もできない、という、事実上の鎖国状態とされてしまいました。

 

 これに対して、事情を知っている日本政府と日本企業は、アメリカの目をごまかし、ひそかに北朝鮮と人的、物的交流を行います。

 

北朝鮮への帰還事業

 二次大戦終結時点で、日本国内には約500万人の朝鮮半島出身者が残っていました。戦争終結前は、朝鮮半島は日本の領土でしたので、この時、この人たちは日本国籍を保持していたわけです。

 

 この人々の朝鮮半島への帰還は、GHQ の主導で、終戦直後から始められ、サンフランシスコ講和条約締結前の時点で、400万人が、帰還していました。

 

 サンフランシスコ講和条約が発効し、日本が独立して、その領土が明確化された時点で、日本に残る100万人の朝鮮半島出身者は、国籍を失ってしまったのです。

 

 さらには、朝鮮戦争の戦火を逃れた難民が日本に流入し、この人たちは戦争で荒廃した朝鮮半島に帰ることを望まず、日本国内に定住することを希望します。

 

 とりあえず、初期の段階では、国交のある韓国人については、韓国政府との外交で処理することとして、国交のない北朝鮮の人々をどうするかが大問題になりました。

 

 北朝鮮への帰国事業は、1959年12月4日から始まりました。北朝鮮とは国交がなかったため、日朝双方の赤十字による慈善事業という形で行われました。

 

 赤十字の帰国船が新潟から出向し、北朝鮮に向かいます。この後、帰国船は日本と北朝鮮の間を何度も往復し、在日朝鮮人が帰還していきました。

 

 この事業は60年代、70年代にまたがって行われ、最終的には84年までの間に、在日朝鮮人93340人が北朝鮮に帰国します。そのうちには、日本国籍を持ちながら、北朝鮮に渡航した日本人、6839人も含まれています。

 

帰国事業の真実

 というのが、帰国事業についての公式発表です。しかしこの赤十字の帰国船というのは、ようするに、北朝鮮と日本の間の貿易船です。

 

 また、北朝鮮に行く船には多数の北朝鮮への帰還者が載っていましたが、北朝鮮から日本に向かう船の中には、北朝鮮から日本に入国する人々がたくさん乗っていました。

 

 帰国船は、赤十字の船だけではなく、多数の民間船や、万景峰号などの、北朝鮮船籍の船も含まれていました。

 

 北朝鮮とは国交がなく、貿易もないことになっていましたが、実はこれらの帰国船によって、事実上、北朝鮮と日本の間は、自由に出入国が可能であり、商品の持ち込みも持ち出しも、自在に行われていたのです。

 

 核開発に必要な機材も、帰国船に乗せて自由に持ち込まれ、必要な技術者も、日本からいくらでも補充できたというわけです。

 

 北朝鮮に渡った多くの日本人は、もちろん、自らの意志で北朝鮮渡航を決意し、北朝鮮の発展に尽くしていった人たちなのです。

 

マスコミのアシスト

 北朝鮮との人的交流に際して、当時のマスコミは全面的なアシストを行いました。この背景には、当時まだ光の勢力であった、電通の意向が大きく働いています。

 

 当時のマスコミは、韓国を、軍事独裁制による弾圧国家として報道する一方、北朝鮮を「地上の楽園」として持ち上げ、日本からの移住を奨励していました。

 

 これは、北朝鮮は第2の日本で光の国だよ、みんなで発展させていこうね、韓国はディープステートに支配された闇の国で、敵国だよ、警戒してね、ということを、言い方を変えて、日本国民に伝えていたと考えられます。

 

 当時は共産主義が、インテリ層を中心にもてはやされていましたので、その流れに乗せて、国交のない北朝鮮との間の交流を促進する方策だったのですね。

 

 さすがに地上の楽園は言い過ぎかもしれませんが、当時の韓国は経済不振にあえぎ、日本も朝鮮戦争特需以前は、経済的に低迷していました。

 

 そのなかで、二次大戦中に日本が残したインフラに恵まれた北朝鮮は、順調に経済発展を遂げていましたので、北朝鮮を新天地として扱うのはあながち嘘ではなかったとも言えます。

 

朝鮮戦争の褒章

 さて、朝鮮戦争が日本を守る戦いであり、これによって、韓国の日本侵略が阻まれ、特需によって日本経済が復興したことはすでに述べました。

 

 日本はこれだけのことをやってくれた北朝鮮に、当然お礼をすることになります。

 

 といっても、建前上は国交がありませんし、北朝鮮が第2の日本であることは秘密にされていましたので、まさか、北朝鮮にたいして「韓国に攻め込んでくれてありがとう」と言って、お金を渡すわけにはいきません。

 

 まずは、北朝鮮に対する人道援助という形で、国家間の援助が行われました。

 

 あとは日本国内の北朝鮮出身者に対する各種の優遇政策がとられました。

 

 北朝鮮出身者は日本国籍は持ちませんが、特別な形の永住権が与えられ、日本国内に永住することが認められました。また原則として、生活保護が無条件に支給され、国内での生活が支援されるようになりました。

 

 現在でも、北朝鮮出身者が生活保護を申請すると、その場で申請が通ってしまうのは、この密約が現在においても有効であるからです。

 

 これは日本が身動きできないときに、300万人もの犠牲者を出しながら、韓国の侵略から、対馬・壱岐及び九州を守ってくれた、北朝鮮に対する、日本国からのささやかなお礼なのです。

 

北朝鮮に割譲された3つの職種

 また、日本で暮らす北朝鮮人たちのために、3つの職種が用意されました。

 

 その3つとは、プロスポーツ、芸能界、およびパチンコです。

 

 これらは3つとも、当時は社会のアウトサイダーたちが従事する職種と言われていました。これを北朝鮮の人たちにやってもらおうという企画です。

 

 プロスポーツが隆盛を極め、芸能人が花形職業になり、パチンコ屋が全国の駅前を占拠するのは、これより20~30年後の話です。

 

プロスポーツ

 現在は様々な分野のプロスポーツが存在し、人気を分け合っていますが、当時のプロスポーツは2つしかありません。プロレスと野球です。

 

 

        f:id:shunsasahara:20210216170613j:plain

 

 日本のプロレスは、在日朝鮮人の、この人物によって、人気が爆発し、この人物の弟子たちによって、受け継がれていきます。

 

 プロ野球については、朝鮮人だけではなく、韓国人や中国人、台湾人の方も大活躍していますね。

 

芸能界

 北朝鮮出身者は、歌手や、俳優・女優として活躍しました。これは事情を知っている電通の後押しによって、徹底的に行われました。

 

 というわけで、この時代の芸能人は、ほぼ全員朝鮮人です。

 

 現在でも、歌手や俳優・女優やテレビ芸人のうち70~80%は朝鮮人であるのは、こういう事情があるからです。

 

パチンコ

 パチンコは、現在のところ、日本国内で公然と行われているギャンブルとなっています。これももとはといえば、日本に残る北朝鮮人の生活の糧として、割譲された分野です。

 

 もちろん警察は、この事情を知っていますので、賭博法に違反するシステムでありながら、取り締まることはありません。

 

韓国の背乗り

 問題は、このような一連の、日本による北朝鮮支援のシステムに、韓国が背乗りを仕掛けてきたことです。

 

 彼らに言わせると、「北朝鮮と韓国は、同じ民族で同胞だ。どちらも元々日本の一部だったはずだ。北朝鮮に優遇措置を認めて韓国に認めないのは差別だ」ということのようです。

 

 まてまてまて。そもそもお前たち韓国が、日本が動けないことをいいことに、侵略して領土をかすめ取ろうとしたのが、事の発端だろう。お前たちの侵略から守ってくれたお礼に決めた優遇措置を、お前たちがかすめ取ろうなんて、盗人猛々しいにもほどがある。そもそもお前たちは母国韓国があるんだから、生活保障は母国に頼め。

 

 ということなんですが、真相を隠さなければならなかった日本政府は、有効な反論をすることができませんでした。

 

 その後、80年代からのマスコミの報道姿勢の転換(次記事で詳述)によって、世論の後押しを受けた韓国は、まんまと北朝鮮への優遇措置の半分をかすめ取ることに成功してしまいます。

 

 さらには中国もこの分野に割り込んできて、中国人にも生活保護が支給され、在日中国人がプロスポーツや芸能界で活躍するようになります。

 

 結局何が何だかわからないままに、第2の日本、北朝鮮を支援し、その軍事的功績に報いるためのシステムは、韓国・中国のディープステートたちの私腹を肥やさせる、強奪システムへと、変貌を遂げてしまったわけです。