笹原シュン☆これ今、旬!!

日本で、世界で、今まさに旬のトピックスをお届けします。政治、経済、文化、世界情勢など、噛み砕いてわかりやすく解説していければと考えています。同時に、日本の在り方、進むべき道についても、示していければと思っております。

日米経済戦争

日米経済戦争9 バブルを境に、国民生活は一変した!? 史上最大のショックドクトリンの効果とは?

バブル崩壊による国民生活の変化 バブル崩壊による経済システムの激変に伴い、国民生活も大きな変化を遂げました。 逆に言うと、国民生活をDSの望む形に変化させるために、バブル崩壊が計画されたといったほうがいいかもしれません。 ここでは、バブル崩壊に…

日米経済戦争8 失われた30年はここから始まる!? バブル崩壊の真実とは?

バブル崩壊の始まり 1985年のプラザ合意の直後からはじまったバブル景気は、89年に最高潮を迎えます。 東京23区の地価は、以前の7倍に到達し、株価も、1989年12月29日の年末大納会の時点で、日経平均株価38916円という、過去最高の価格に…

日米経済戦争7 宮崎勤事件は、消費税導入のスピンだった!? 国民の目から隠された消費税導入の真実とは?

消費税の導入 1989年の年明け早々の1月7日、昭和天皇が崩御しました。 これをもって昭和時代は終了し、新しい年号、平成が始まりました。 テレビで平成への年号変更を告げた官房長官の小渕恵三が、「平成おじさん」として有名になります。 この年の4…

日米経済戦争6 行政改革という名の罠!? バブル景気の真っ最中に、日本国民から収奪するための仕掛けが着々と進んでいた?

行政改革の試み ここで少し時をさかのぼり、中曽根内閣に至る少し前から始まった、行政改革の流れについてみてみましょう。 80年代初頭にマスコミがDSの手に落ち、マスコミ各社がDSのプランに沿ったプロパガンダ機関と化してしまったことは、「北朝鮮の真…

日米経済戦争5 バブル景気はなぜ起きたのか!? プラザ合意と円高の真実とは?

プラザ合意の締結 1985年8月12日の日本航空123便撃墜事件から、一か月ほどたった、9月22日、ニューヨークのプラザホテルにて、アメリカ・イギリス・西ドイツ(当時)・フランス・日本の先進5か国による蔵相・中央銀行総裁会議が開かれました。…

日米経済戦争4 日本航空123便撃墜事件が与えた影響。日本政府はディープステートに逆らうことができなくなった!?

ビル・ゲイツ、野望の達成 123便撃墜事件の恩恵を最も受けたのは、もちろんマイクロソフト社のCEO(当時)、ビル・ゲイツです。 難航していたウインドウ型のOSの開発が、一部トロンのプログラムを取り入れることであっさり終了し、85年11月、マイクロ…

日米経済戦争3 自衛隊特殊部隊によって、徹底的な証拠隠滅がはかられた!? 日本航空123便墜落事件の真実②

徹底的な証拠隠滅 前記事で述べたように、1985年8月12日18時12分に羽田空港を飛び立った、日本航空123便は、18時56分、アメリカ軍によって撃墜されました。 相模湾で、海上自衛隊護衛艦まつゆきの、対艦ミサイルが尾翼に命中、航空自衛隊のF-4ファントムに誘…

日米経済戦争2 日本航空123便は、アメリカ軍+自衛隊によって撃墜されていた!? 日本航空123便墜落事件の真実①

日本航空123便墜落事件 1985年8月12日、乗員乗客524人を乗せた、日本航空123便が、墜落しました。 事件の概要は、ウィキペディアによると、 123便は東京国際空港(羽田空港)発大阪国際空港(伊丹空港)行きの定期旅客便で、伊豆半島南部の…

日米経済戦争1 日米戦争第2ラウンドは、経済における主導権争い!? いかにしてディープステートは日本の富を奪い取ったのか。

日本の復興 1945年、大東亜戦争において、日本はアメリカに降伏しました。 その後、日本軍によって宗主国の軍が駆逐された、アジアの植民地では、独立戦争が勃発し、植民地が次々と独立を果たしていきました。 これらの戦争では、現地に残る旧大日本帝国陸軍…